クラウトロックやジャーマン・プログレと括られる中で5本の指に入る好きなアーティスト「Ash Ra Tempel(アシュ・ラ・テンペル)」
その作品の中でも特に好きなのが「INVENTIONS FOR ELECTRIC GUITAR」です。
このアルバムはアシュ・ラ・テンペル名義で発表されていますが、実質的にはバンドの中心人物であるMANUEL GOTTSCHING (マニュエル・ゲッチング)以外のメンバーは脱退してるため、マニュエル・ゲッチングのソロ作品となっています。
先日こんなツイートをしました。
Manuel GöttschingのInventions for Electric Guitarを聴いています。ギターとディレイ、テレコ2台とシンプルな機材で制作されたにも関わらず、浮遊感・深いサイケデリック感に陶酔させられます。シンプルな機材でもアイデアさえがあれば面白い曲が作れると教えてくれた一枚。https://t.co/ubZf2vdDnD
— Teruyuki Kurihara (@Teru_Kurihara) December 14, 2019
このアルバムをはじめて聴いたときは「ギターでこんなにミニマルでアンビエントでテクノな表現できるんだ!」と驚き興奮しました。
ギターのイメージはロックギターのように「ジャーン」とか「ポロローン」と弾くものだとしか思ってなかったからです。
僕の中でインヴェンションズ・フォー・エレクトリック・ギターとの出会いは大きな転機になりました。
このブログでは多大な影響を受けたアシュ・ラ・テンペル・マニュエル・ゲッチングのプロフィールからアルバム制作背景などを深堀りしてみたいと思います。
Ash Ra Tempel(アシュ・ラ・テンペル)とは
アシュ・ラ・テンペルは、マニュエル・ゲッチングを中心に、1970年西ベルリンで結成されたロック・バンド。
クラウトロックの代表的なバンドであり、アジテーション・フリー、アモン・デュール、タンジェリン・ドリームなどと同様、当時のサイケデリック・カルチャーの影響を大きく受けていた。英米ではピンク・フロイドなどとともにスペース・ロックに分類されることが多い。
初期の作風は瞑想的な 即興ロックだったが、後期にはテクノの原型ともいえる作風となった。1988年にイギリスでアンビエント・ハウスが流行し、さかんにサンプリングされたことにより再評価された。
アシュ・ラ・テンペルはマニュエル・ゲッチング(G)、ハルトムート・エンケ(Bass)、クラウス・シュルツェ(Drum)の3人で結成されました。
僕の中でクラウス・シュルツにはシンセサイザー奏者のイメージしかなかったので、アシュ・ラ・テンペルではドラムを担当していたのは驚きでした。
調べてみると、クラウス・シュルツはシンセサイザーの音楽を追求するためにファーストアルバムを出してすぐ脱退しています。僕が知ったのはソロになってからだったんですね。
アシュ・ラ・テンペル復活!来日も!
マニュエル・ゲッチングとクラウス・シュルツェの2人は、2000年にアシュ・ラ・テンペルを復活させメンバーだったハルトムート・エンケに捧げるアルバム2枚をリリースしました。
2008年にはマニュエル・ゲッチング & アシュラ名義で日本のテクノフェス METAMORPHOSE に出演。
このライブを名前で聴きましたが、生きる伝説を聴ける嬉しさで胸がいっぱいになりました。
METAMORPHOSE2008の動画であまり良い状態のものが見つからなかったので、2010年 マニュエル・ゲッチングのライブ映像を記載します。
MANUEL GOTTSCHING (マニュエル・ゲッチング)とは
マニュエル・ゲッチング(Manuel Göttsching、1952年9月9日- )は、ベルリン出身のミュージシャン。
10代後半から活動を始め(アシュ・ラ・テンペルの1stアルバム録音)、アシュ・ラ・テンペルのリーダーとしてもソロ・アーティストとしても数々の作品や演奏を発表してきた。少なくともクラウトロックの歩みにおいて、また広義のイージーリスニングやアンビエント、ニューエイジにおいて非常に重要なギタリストである。
マニュエル・ゲッチングを知ったのは「E2-E4」という曲がキッカケでした。1時間ちかくあるこの曲は、永遠とシンセとドラムマシーンの微妙な変化が続き、30分を過ぎたあたりからギターが入ってくるミニマルでありながらエモーショナルなトラック。
リリース当時はそこまで評価は高くなかったそうですが、テクノ・ハウスのプロデューサーたちがこの曲の素晴らしさに気づき、レコードでスピンしたことで再評価に繋がり広まったそうです。
僕がシンセサイザーの上でギターを弾くという発想を得たのは「E2-E4」からだったと思います。このお陰で「1969」という曲が生まれて、イギリスの Blue Tapes からリリースするキッカケとなりました。
Manuel Göttsching – E2-E4
E2-E4の制作秘話は RED BULL MUSIC ACADEMY のインタビューで読むことができます。興味ある方は下記からどうぞ。
MANUEL GÖTTSCHINGが語る『E2-E4』
INVENTIONS FOR ELECTRIC GUITAR(インヴェンションズ・フォー・エレクトリック・ギター) 制作背景
4チャンネルのテレコ2台とギターというシンプルな録音環境
アシュ・ラ・テンペルが1975年にリリースした6作目「インヴェンションズ・フォー・エレクトリック・ギター」
アシュ・ラ・テンペルのメンバーであったハルトムート・エンケがドラック問題でリタイアし、実質的にはマニュエル・ゲッチングのソロアルバムとなった今作は、ベルリンのプライベートスタジオ「ステジオ・ローマ」で制作されました。
スタジオといってもまだ建設したばかりで4チャンネルのテレコ2台しか置いてなく「あるものだけで作ってみる」という発想でインヴェンションズ・フォー・エレクトリック・ギターは生まれたそうです。
最小限の機材がもたらした功績
最小限のもので作るということが功をなしてか、ミニマルなギターのオーバーダビングとディレイ効果で、類を見ないミニマルでサイケデリックな幻想空間が表現されています。とくに17分ある一曲目のトランス感には圧倒されます。
僕はどんどん機材を増やして曲を作ることが多いので、マニュエル・ゲッチングを見習って、機材を制限してシンプルに作るということに挑戦してみようかなと思っています。
Ash Ra Tempel – INVENTIONS FOR ELECTRIC GUITAR
Ash Ra Tempel の名盤 INVENTIONS FOR ELECTRIC GUITAR まとめ
インヴェンションズ・フォー・エレクトリック・ギターのアルバムジャケットで爽快に微笑むマニュエル・ゲッチング。この笑顔は作品に対する自信の現れなのか、それとも何か気持ちの変化なのか。
どちらにしてもインヴェンションズ・フォー・エレクトリック・ギターはマニュエル・ゲッチングの新しいキャリアのスタートになったことは間違いないのではないかと僕は思っています。
ギターという楽器、ロックの中にミニマリズムを追求したアルバムは、僕が知らないだけかもしれないけど他にあまり聴いたことがありません。
もし、この記事を読まれた方で「こんなアーティストいるよ」とか「このアルバムおすすめだよ」などあったらコメント欄からでも構いません。メッセージもらえると嬉しいです。
今回このブログを書いていて僕もシンセサイザー+ギターというスタイルをさらに追求していきたいと再確認しました。
近いうちに発表できたらと思っているのでぜひ楽しみにしていてください。